文房 夢類
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早春

 昨日は天気情報よりも雪が少なくて助かった。雪かきをしないで楽をしたい。つい何年か前までは雪かきが楽しみで勇んで長靴を履いたものだ。こんなことを言うと雪国では呆れかえることだろう。越後で、雪への憎しみに近い感情を見せてくれた女性を忘れない。土地は動いた方がよい。旅もよいが、表面を撫でて通り過ぎるのであれば、せめて路銀をふんだんに落として、道々に潤いを振りまくのがよかろう。通年住んで裏表を知ることは、自分のためでもあるが、第一に訪れた土地への敬意である。
 外猫のマルオは、彼は自分に名があることを知らないだろうが、顔見知りの中高年。もう、いいかげん止めといたら? と引き留めたいが本人は毎日毎夜、勇んで春の戦いに参加すべく出陣する。行動半径は狭い。間違ってもトンネルの向こうへは行かない。命を賭けて勝ち取ったネコの額ほどのテリトリーを守る事が、すなわち生きる事である。この薄ら雪の朝、耳と目の間に、相当深い傷を負ったマルオが現れた。ハラ減った! の顔である。勇ましい中高年だ。ごはん。マルオは嬉しい。私も大喜びだ。わが庭に猫トイレを置いているので、まあ、少しご飯を食べさせるのを大目に見て貰おうというのが、近隣への私の思いだ。が、どこへ出陣したのか、首尾は如何に。こういうことについては、まったく知らないし、関与する気もない。人とのつきあいも同じで、手を触れない部分を残すことと、冷たいこととはちがう。土地とのつきあいと、生き物とのつきあいは、どちらも最大の敬意を持って接することは同じだが、天と地ほどにも違うのは、この点だと思う。
 正月七日までに雪が降ると、2月に大雪。降らなければ積もらない。これが、もうとっくに亡くなられた土地の古老から教わったことだ。今年はどうなるかしら、と空を見上げたら、3羽のカラスが急降下し、舞い上がり、もつれ合いながら香林寺のほうへ飛び去った。早春。
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