文房 夢類
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猫と風

春。梅が終わり染井吉野から枝垂れ桜、八重桜と華やかさが増してゆくとき、鳥の動きも活発になる。寒いあいだ部屋に閉じ込められていた富士猫は、窓辺に寄って小鳥の動きを追う。思わず頬ひげが前倒しになり、激しく歯噛みをする。これは意識的にやっているのではなく、狩猟本能だと聞いた。
一緒に庭に出る。富士は後足で立ちあがり、両手でモンシロチョウを挟みとろうと無我夢中になる。高々とジャンプしてひっくり返る。自分の体を使えば、なんだってできるんだという、若猫の溌剌とした意欲が見て取れる。実際、すごい運動能力だ。
ブロックの角やフェンスの縁など、自由な猫たちが通った跡を嗅ぎつけて仔細に調べる。口の中の嗅覚器官も使うので口は半開き、目はうつろ。無念無想の面持ちで情報を取る。どれほど大量、多種類の情報を得ているのか想像もできない猫たちの広い世界。この時富士は私の存在を忘れ、猫たちの社会に入り込んでいる。
その傍らで私も鼻を使う。風の匂い、雨を含む匂いをつかもうとする。風上に向かい、雨が来ると呟いた師匠を思い出している、とうに亡くなった近所の農家の主だ。
次第に風がはっきりしてきた。気がつくとドアの前に座った富士が私を見上げている。風よ、いやよ、と言っている。どんなに面白いことがあっても、風が吹くと逃げ出す猫富士でした。
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