文房 夢類
文房 夢類
myExtraContent1
myExtraContent5

富士猫の話 #2 爪

猫は、犬ではない
猫を犬と思ったわけではない。それはないが、犬とつきあってきた、そのやりかたを自然になぞっている。たとえばご飯の時間。朝夕6時。同じ声をかける、富士、ごはんよ! 同じ場所で、同じ容れ物で、食べている間は、そばについている。おいしい? よかったね〜。ごちそうさまね。同じ動作、同じ言葉、きまった時間に繰り返します。犬も猫も、そしてカラスもそっくり同じ、あっというまに覚えてくれる。覚えやすいように、同じ動作で同じ言葉をかける。これでお互いの間に「信」が芽生えると思う。
ここまでは一緒、そっくり同じだった。問題は、この後のことであった。昼間の猫の目はビー玉のように丸いけれど、瞳は縦1本、糸のように細い。この目を見開いて見つめる先は、上のほう、である。犬は水平に目を向ける。遠くはるかな地平線を見る気持ちで目を遠くへ向けるのだ。散歩に出て、高台へ行って腰を下ろすと、千早は正座してはるかな地平線、それは細々した屋根の連なりによって閉ざされているのだが、その向こうを見透かそうと目を放つのだ。あの遠くへ行こうね、と随分、一緒に旅をした。
ところが富士は室内にいて、手近な上をみる。その目つきには力がこもっている。見るだけで終わることはない、かならず跳び上がる。犬と猫の目線の違いを、まず発見した。
次の発見はツメ。猫の爪は出し入れ自由で、爪を隠すことができるし、爪を故意に出すことも、もちろん自由自在だ。犬の爪は、ごく自然についている、人と同じように。
おまけに、猫は爪を研ぐ。私は、猫が爪を研ぐのは、文字通りに、砥石で刃物を研ぐように、先を鋭くとがらせるのだと思っていた。ところが、これはまちがっていた。猫の爪は、半透明のプラスチックのような莢をかぶっており、つま先を堅い物に引っかけることによって、古い莢を外しているのだった。富士が我が家に住み始めた翌日に、小さな莢を拾った。居間の絨毯の上に落ちていた。猫の爪は、マメに切ってやるほうがよさそうなので、外向きに抱いて、人間の爪切りで切ってやる。はじめは、1本、切っただけ。嫌がらないで切らせて貰えるように、一回に一本だけ、が続いている。
もう一つが、汗をかく場所のちがい。犬は呼吸をするときに放熱して体温調節をする、猫は、なんと足の裏に汗を掻くという。富士が棚の上を歩く、足裏の、わずかの湿り気で足跡がつく。
myExtraContent7
myExtraContent8