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壺猫

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Oct 2016

死の部屋

承前
人を殺す人がいる、あらゆる時代のあらゆる社会で、無慮無数の動機で人を殺す人がいる。
殺された者の何増倍の者たちが、その死を悼み悲しみ怒り続け、殺した者に対して復讐心を抱き厳罰を望む。
ひとりの犯人を何万回殺しても、その罪は贖えぬと悶え苦しむ者を思いやる。死刑に処すことをする社会もあり、止めた国もある。
日本ではどうしたものかという論議がしばしばなされるが、万人の心を落ち着かせる姿を誰も描くことができていないのではないか。
死刑廃止論者の意見に私は、一も二もなく同意する自分を見ているが、愛する者を殺されて苦しんでいる人たちを、廃止論者がどのように救おうとするのかは、聞いたことがないし、読んだこともない。まるで被害者側は放り出されて忘れ去られる運命を甘受しなければならないとでもいうような感じを受ける。これでは廃止論者の意見が通用するはずがないと思う。
一方、手段はどうであれ、人が人を殺す行為が行われるのが死刑という刑罰だ。任務であれ、人に、このような苛酷な負担をかけてよいものだろうか、問うまでもなく悪いに決まっている。
私は宙に描いてみるのだ、刑罰として造られた死の部屋を。
それは人が作った部屋ではなく自然の洞穴だ。できることなら地球上に一つあればよい。
その洞穴には自らの意思と足で歩み入るしかない。
いかな大悪人といえども、嫌だという者は入る必要はない。では犯人は許されるのか。
とんでもないことだ、死を悼む者たちから無期限に監視され続ける環境に生きて社会奉仕を続ける。許されるのは、苦しむ者たちから、もういい、十分贖ったという声が聞こえた時だ。
私は、誰も入ったことのない死の洞穴を持つ社会にしたい、そして大罪を犯した者、被害者周辺の苦しみ続ける人々、その両方が癒されて浄化される社会を白昼夢として思い浮かべる。
付記
それにしても!
戦争を企てる政治家こそ、万死に値すると思いませんか。

選挙戦について

先だっての都知事選のとき、対立候補の女性関係に関する噂を蒸し返した週刊誌の記事が出て、戦いの刃とされた。今、対岸の国の大統領選でも、昔のセクハラなどを持ち出して非難合戦をしている。
これが政治なのよ。対立候補が、そう言った。
これが大衆なのよ、と私には聞こえた。風評だろうが噂だろうが、テレビで放映され、週刊誌が書く、これで簡単に左右されてしまうのだ。特に女性問題が槍玉に挙げられると、事実か嘘かは棚上げされて、問答無用で選挙に不利になってしまう。
つまり、過去に悪いことをすると、次に良いことをしようと進もうとした場合に、蒸し返されて進路を阻まれるのだ。私は、この選挙戦を見物しながら、このことを考えた。
誤ったことをしてしまった過去を持つ人に将来はないのだろうか。悔い改めたら、第二の人生を進む道路は用意されないのだろうか。希望はないのだろうか。
これは良くないと思う。誰であれ、最後まで希望は手放してはいけないし、希望を取り上げてはいけない。
よく、喩えとして、蓋をしていた悪事が噴出することを「パンドラの箱を開けてしまった」と言われるが、本当の喩えとしてパンドラの箱は「最後に箱の底に残っていたのは希望だった」という、ここをこそ、喩えとして使って欲しいと思うのだ。続く

平櫛田中彫刻美術館

平櫛田中という彫刻家について、伝え聞いたエピソードがあります。それは、高齢になってから、この先彫刻するための木材を庭先で乾燥させていた、乾燥するには何年もかかるというのに、高齢になってからやっていた、という話です。人間の生き方の根本に触れる行為なので、時々思い出します。
時の拍子で、小平市に美術館があると知り、知ってしまったら落ち着かなくなり、秋雨の合間に傘を持ち、さしたり杖に突いたりを繰り返しつつ出かけました。
はじめ、小平市平櫛田中館として旧宅を公開したのち展示館を新築し、今は2館併設の形になっています。
私が気にしている彫刻用材は、直径2、30センチのものと想像していたし、すでにエピソードだけで形はないであろうと思い込んでいたのですが、ビックリ仰天、大外れ。あったのです。
それは、3人がかりで囲んでも足りないほどの太さの楠の巨木で、書院造りの旧居宅の庭先に置いてありました。
台石の上に直立させて、上を屋根で覆ってあり、それはまるで編傘を被った巨人でした。
当館の内容については非常に良くできたホームページがあり、写真も豊富に出ていますので、ぜひご覧ください。
当地に書院造りの居宅を建てて移り住んだのが98歳の時のことだそうで、100歳の時に20年後の制作のために九州から原木を取り寄せたと、説明を読んで知りました。
時を知り、それを計ることのできる人間であることを自覚しながら、志を大きく高く、長く持ち続けて、しかも実行しながら107歳を生きとおした偉人であります。と、同時に私は、ヒト以外の動物たち、季節を知るも時を知らぬと思える動物たちと同じ「時の世界」に生きていた人だったのではないかと思いめぐらせました。
もう一つ、建築について。
展示館が実に居心地が良い。飽きない。めぐる楽しさ。
あまり良いので受付の方に感想を伝えたところ、設計者について教えていただきました。
居宅は大江宏、展示館は、その息子さんの大江新。大江宏は、国立能楽堂などを設計された方です、とのこと。親子の仕事でした。いやもう、両方とも素晴らしいので、ひっくり返りそうに感動しました。こんな親子いいなあ。一緒に仕事をしたのではなくて、時の縦軸でつながり、同じ場所にいるのです。祖父から三代の連結です。
豊かな気持ちで帰る途中、この大江宏さんて、父が、建築の大江先生、といつも話題にしていた、あの大江先生のことじゃないの、と気がついて悔しいのなんの、もっと父と話をしたかったと、思いもよらぬ慚愧の涙でした。
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