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壺猫

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Jul 2019

高齢者の務め その1

長寿。一昔前は還暦まで生きたら大満足の長寿だった。不思議なことに、さらに遡る大昔から、90歳を超す大長寿の人はいたが、非常に稀だった。
日清日露の戦争から太平洋戦争の時代に入ってからは、自然が与えてくれた寿命を全うする人が急激に減っていった。
戦争を止めてから、医学の発達と相まって私たちの健康は守られ促進され、寿命も飛躍的に伸びている。長寿社会、などと言われるようにもなった。
でもでも、全員揃って長寿ではないのだ、どれほど手を尽くしても助からない命は多いし、不慮の死の報せに胸潰れるのである。
今、自分が思いもよらぬことに80歳をこえて生きていることを意外に感じ驚きを持って受け止めているが、同年輩の人々を見渡すと、
健康体が続くように頭と体の体操をし、体に良いと言われるものを食べる、などの防御と保持に努める姿が目に入る。
それは良い、とても良いことだが、この点に全精力を傾けて日を過ごし、満足しているように見受けられるが、それで? という物足りなさはないのだろうか。 
もっとも世間のアンケートなどでは、せいぜい70歳代までのデータを取っており、80以上は視野に入れていないので、70歳代までが対象なのかもしれない。

しかし、80代の人間も、今現在生きているのである。なんとかケアの親切な方々がドアチャイムを鳴らし、お元気ですか? お変わりありませんか? と尋ねて下さる、
つまり、おい、大丈夫か? 生きてるな? ということなのだが、この親切心に対し、ありがとうございます、おかげさまでと、頭をさげる、
これだけで生きていることになるのだろうか? 後続の人々のために何かできるのではないか。
漫然と、自分の体を明日に繋げることだけのために生きているとは、つまらなくないか? 物足りなくないか? 恥と思わないか?
このことを考えていこうと思う。
今日は、ここまでだ、1日にできる仕事量が、目に見えて減っている。現実は厳しい。午後ともなれば午睡なしには続かない。
この、力のなさを認めた上で、高齢であるがゆえに言える事を発信したい。

やっぱり我慢

公立図書館の蔵書の話題です。ベストセラー、人気の小説本に殺到する図書館利用者に対する図書館の対応について。
こうした人気の本、読みたい人が大勢集まる本の場合、図書館では、読者の要望に応えるべく何冊も購入する。
例えば10冊購入して利用者に提供しても、予約者が200人並んだとすると、1冊あたり20人が待つことになる。
借りる期間は一人2週間で、予約者がいる場合は延期はできない仕組みになっているのが、大方の図書館の規則だ。後に予約が入っていない本の場合は、一回のみ延期が認められるので、合計4週間、自宅に持ち帰り読むことができるのが図書館の本だ。
だから20人が、各々2週間ずつ借りたとして40週。約10ヶ月が待ち日数という計算になる。
実際は、数日で返却する人もいる代わりに、催促を受けても、なかなか返却しないというか、できない状況の人も出る。さらに、予約した図書が用意できました、と通知を受けても、即日図書館に受け取りに行く人、週末に受け取りに行く人、と様々であるから、
待ち日数は計算通りには行かず、短くなることは、まずない。
こうした多数の希望者のために、図書館は複数の本を購入するのだが、私は、これはやめたほうが双方のためだと思っている。瞬間風速的に希望者が殺到した後は、見向きもされない放出本となるのは、著者に対しても失礼な話だ。
図書館には、蔵書数を増やす方向へ、あるいは有益な活動へ費用を回してほしいと思う。
図書館の利用者は、たとえ予約が200番目であったとしても待つべきだ。200番目だったら100か月。待ちましょう。我慢しましょうね。待てないのだったら買ったら良い。
もしも私が図書館だったとしたら、発行日から1年間は館外持出禁止にする。たとえどのような書籍であろうと。
図書館は、無料で読みたい、の声に押されることなく、多部数購入を我慢すべきだ。こうした場合、我慢の態度は不親切と捉えられては不本意だからと、要望に応えることは、図書館の利用者を一人前の図書館利用者に育てる努力を放棄したことになる。
図書館に限らず、一般国民と接する公共機関は、要望に応えてなんでもいたします、という態度を改めて、毅然としてあるべき姿を見せなければいけない。
こうした我慢は、心ない非難を浴び続けることになるかもしれないが、10年、50年、100年後に、必ず民度が上がるという結果に繋がるはずではないだろうか。

うちわ

うちわの季節。
竹のうちわを愛用していて、絵の太さが15ミリくらい、握りやすい。
以前の紙は破れたので洗い流し、手持ちの和紙を張った。これに毛筆で3行、
中央に大きく「不知老之
將至」と書いて、両脇に放射状に「發憤忘食」と「楽以忘憂」を配した。
これは立派な孔子さまの言葉、と読む方もいられるかもしれませんが違います、自画像であり、訳しますと
  棺桶に腰掛けてるって自覚がまるでなくてね、
  世間でけしからん事件があるとカンカンに怒りまくってランチも忘れてしまうし
  ちょっとばかり面白いことに首を突っ込んだら、もう悩み事なんかそっちのけなのよね〜
扇げば涼し、古団扇

我慢するということ

先ごろ、どこぞの城にエレベーターをつけたのは、余計だとか、つけるべきだとかいう雑談を耳にした。論議ほどのことではないらしいが、障害者団体などが、弱者に優しくしようという趣旨からエレベーターの設置を主張しているらしい。
先日鎌倉の鶴岡八幡宮に行ってきた。あの大銀杏はなくなっていたけれど、七夕前であったので飾りも華やかで、観光の人の多さには驚いた。
参拝する前に、近くにある鏑木清方記念美術館に行ったために疲れてしまい、本宮(上宮)を見上げて、これはお参りできないと悟った。階段を登りきるだけの体力はないとわかった。
大石段を見上げて、ここまで来たことを喜び、下にある若宮(下宮)でお参りして帰ってきた。
お城を昔通りに復元することを目的として工事をした、にもかかわらずエレベーターをつけようという発想は、どうにもいただけない。昔はなかったのだから、つけたら昔通りではなくなってしまう。つけるべきではない。
鶴岡八幡宮にしても、あれだけ大勢の参拝客がいても、大石段の横にエスカレーターをつけていないではないか。拝みたいが大石段を上がれない人は、下の若宮で拝むようにできている。
障害者であろうと、体力不足であろうと、できないことを我慢すべき場合があることを知らねばならぬ。鉄道の駅に設置するエレベーターは、公共の施設としてありがたいことだ。しかし公共施設が整えられたから、あれもこれも全部と希望するのは、了見が違っている。
東京町田市にある、白洲次郎・正子夫妻の住んでいた武相荘が公開されているが、ここは車椅子は入れない。障害者割引はない。小学生以下は入れない。
段差があり、やたらと高い敷居があちこちにある、こういう家で高齢の正子さんが暮らしていたのだと、入ってみると体で分かる。このような家の中を動き回ることは、苦労だったかもしれないが、体力の保持につながっていただろうと想像できる佇まいだ。
人間いろいろ欲望はあるだろうが、金がなければないなりに、体力がなければないなりに、我慢と工夫で生きてゆくのが自然なのだ。不足分を抱えていると我慢力も工夫力も発達する。自分には、その力がないと身にしみたところで我慢する力だけは手放してはいけないと思っている。甘えたから、欲しがったからといって、何でもかんでも欲望を満たしてあげることは、どんな場合でも良いこと、だろうか?
このことを強健な若者が主張しているのであれば、高齢者の暮らしの苦労も知らないで、と笑うこともできるだろう。しかし80歳を過ぎた体で喋っているのだから、自分自身を含めての覚悟である。
知人の一人が熱意のあるボランティアと自覚している人物で、ある時、身障者をハングライダーに乗せてあげることを成し遂げた。成功して喜んでいたが、このような行為は支援ではなく、ねじ曲がった、歪んだ精神の自己満足でしかない。

メダカ

メダカは、たった3年程度の寿命の小魚だ。日本の田んぼ、小川に普通に見られる小魚だが、今は稲作方法が変化したこともあるのだろう、野生のメダカが少なくなった。
最近、メダカ愛好家が増えて、いまでは550種類以上の改良品種が市場に出回っている。どれも立派なもので、私の飼っている緋メダカはエサ用として売られている。
人気品種の名前がすごい。風神・雷神・楊貴妃・小春にブラックダイヤ、信玄に謙信もいるという有様。銀龍というのを熱帯魚店で見た。
どれも交配や突然変異発見など、手を尽くして作出している。出目金みたいなもの、グッピーみたいな華麗なヒレのものなど、限りなく種類は増える。

銀色に輝くメダカを美しい陶器の鉢で飼っている店がある。昼間は店の前に出しているので、見せてもらうのが楽しい。主人と話せる時もあって、飼い方など意見交換もできる。
私のメダカがヒメダカだとわかってがっかりされたが、育て方に変わりはない。
ただ、育ちぶりには違いが見えて、鉢育ちは泳ぐ距離がないので、体の向きを変えるくらいしか動かないから体つきが柔らかい。当たり前だけれど天敵のヤゴもいないから警戒心もなく、おっとりしている。
それに比べてビオトープのメダカは矢のように走るから、上から見ただけでも筋肉のつき方が違う。実際、運動能力全開だし、加えて頭の働かせ方も、機敏で優れているように見受ける。
これは教育したのではなく、生まれつきでもなく、必要に応じて発達したのだろう。だから信玄も謙信も、ビオトープに来たら強くなれるでしょう。
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