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壺猫

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Feb 2013

小さな綻び

『永遠の0』の読書感想を書いたことで、小説や映画のほころびについて考えた。『永遠のゼロ』は、私はとても好意的に受け止めていて、よくまあ、資料を読んで、ここまでやったなあ、と拍手している。この場合は、厳然と存在する過去の厳しい事実が立ちはだかっており、それも各説入り乱れている部分もあり、評価もまちまちであり、今現在、アメリカで過去の資料の幾ばくかが公開されつつあることもあり、非常に困難な状況下で書いているのだから、酷評は酷というものだ。
私が白けるのは、消耗品の三文小説や映画なら黙っているが、いちおう胸を張って発表する作品の中で綻びがあるときだ。わざわざ題名を出すには及ばないが、例を挙げると、戦時中の少年。主人公である。これが半ズボンをはいている。半ズボンのゴムが、表布と一緒に縫い合わせている現代のものだった。当時は、袋縫いにして、中にゴム紐を通していた。作り手が、その時代に対して愛情を持っていないと感じた。これひとつで名画が色あせる。針穴写真機が主人公のマイナーだが力のこもった映画があった。映画祭で上映されたのだが、木箱に針穴があいているだけの、30分も動かさずに置いて撮影する珍しい映画なのだが、アップにしたら、この木箱を止めているネジが十字ネジだった。大勢で制作する映画のスタッフの、誰一人として気にかけなかった仕事だ。こういうのを綻びと思う。これがあると、色あせてしまう。烏合の衆が寄り集まって作ったのか、と言いたくなる。古い映画だが「アマデウス」。この映画ではモーツァルトの音楽がふんだんに使われるが、この楽器も演奏法も、モーツァルトが活躍していた時代の音を出すことに意を注いだ、と読んだことがある。緊張して全力を出そうっと。
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