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壺猫

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Aug 2015

閑居して不善を為す、か

科学技術の進歩が社会を変えてゆくのを目の当たりに見ながら年月を重ねてきた世代です。高校時代にテレビはなかったし、国民学校時代は学校まで小一時間歩いて通いましたから足も強かった。それは疎開先、というよりも空襲で焼け出されたために、農家を借りて住んだためです。本格的な農家ではなくて、間取りが農家式の、トタン屋根のバラックでしたが。当時は、畑の畝に埋もれている母を呼ぶにも大声を出しましたが、今時大声を張り上げる必要は、どこにもありません。
大工さんは、重い角材を肩に乗せて平気だったし、力持ちだった。誰も彼も身体を使いました。
ところがそのうち私は計算がのろくなりました。暗算も面倒になりました。用事のために大声を出すこともなくなり、なんと畑の向こうよりも遙かに遠いところまで、電話が、そしてメールが届くようになりました。若い人たちはもっと凄くて、私の知らないスマホとか、ラインとか、説明して貰っても理解不能なものを器用に使いこなしているみたいです。大工さんはもう、のこぎりとかカンナではなくて、なんでも動力を使っています。大工さんと呼ぶよりも、技術屋さんです。
私は計算どころか、お料理も手が落ちました。簡単なので、買って済ませてしまうからです。かろうじて保っているのが針仕事ですが、これは手すさびです。着るものは買ってしまいます。
便利になったかわりに、私の能力としては、何が発達したのでしょう。機械ものの操作かな。それはあります。操作ができないと洗濯一つできませんから、幾つも憶えてきました。ときどき、器械に使われているような気さえします。だって従わないと動いてくれないのですから。
楽に手早くできるようになって、時間もあり、体力にも余裕が生まれました。気持ちにもゆとりが生まれたはずです。この大きなゆとりを用いて何をしているのでしょう。
2学期を前に自殺をした少年、連れ去られて惨殺された少年少女。大勢のゆとりの心は、幼い者を救う力になるはず、と思いませんか。

盗作について

先人の業績を学び、それを土台として育ってゆく。人間社会が発達してきたのは、長い時間をかけてバトンタッチが行われてきたからこそで、そのお陰で高層ビルも建ち、人工衛星も造られました。科学技術の世界は際限なく発達するけれど、私は、文学、絵画、音楽などの創作の世界は、賽の河原に似ているように感じられて仕方がありません。
技術屋さんの使う知識も技術も最先端のものを駆使して、際限なく伸びてゆく、これはもう、目を見張るばかりです。一方、文学の話になりますが、古典は常に現在に引き寄せられており、楚辞を知らず、万葉集は国語の時間用、シェークスピアは映画の原作にあったっけ、では、どうしようもないではありませんか。文学に流行はあるにせよ、常に不易といいますか、時を超越した真理が礎に据えられています。
暴論といわれるかもしれないけれど、私が考えるに、右脳、すなわち知覚・感性を司る側の働きを主に使っている人と、左脳、すなわち論理と思考を縦横に駆使することが先に立つ人がいて、それぞれが得意な方面で仕事をし、生活しているのではないかと思います。
『アダムの創造』という、システィーナ礼拝堂の天井に描かれている有名な絵があります。アダムが命を受ける瞬間の絵。アダムが左手の人差し指を神に差し出しています。アダムの右脳を通して流れ入る命です。ミケランジェロは理屈でなしに分かっていたのではないでしょうか、今時代にコンピュータを使って解明しつつある事柄が。
ある対象にハッと胸をつかれ、のけぞる思いをし、感動したところから創作が始まる。いまは21世紀だけれども、これが30、40世紀、もっと経って、作品が山のように累積したとしても、それは工場生産品ではありません。唯一の、かけがえのきかない光る心だろうと思うのです。
盗作について思うことは、パロディや、出典を明らかにして上乗せする形の作品は、盗作ではない、むしろ凄い力がある作家だと思います。そうでなくて、自分の作品として世に送り出す人は、目立ちませんが実は多い。これをする人は、ふと言い訳をするし、思わず自画自賛を繰り返すような気がしています。自分自身の心だけは事実を知っています。
さて話は、ここからなのです。魚を見てみましょう。水面に浮かぶ餌を食べて生きている種類、水底の餌を食べる種類、視線のみならず、口の形まで適応しています。受け口で水面の餌を食べるメダカ。ヒゲで水底を探索して餌を口に入れるナマズは、鼻の下が長いというのか、口は下向きに開きます。
創作者も、自分に備わっているタチで餌を食べるのではないでしょうか。わが身に降りかかったこと、出会ったこと、行ったことなど、それらが心底の琴線に触れたとき、自分の機織り機械にかけます。ときに『夕鶴』の「おつう」のように、我が身の羽を織り機に掛けもします。巧かろうが下手だろうが、思いの丈を表現しようとしてすったもんだします。無名とか貧乏とかは別世界の出来事です。思いの丈が叶えば成仏です。
もう一種類の人種は、はじめっから、根っから、欲望の原点が違っているのではないでしょうか。注意深く興味深く、見つめる目の先には、他人の作品があるのでは? 山や河、道ばたの草には目がゆきません。私は、彼らの目を、物欲しげな目つきだ、と感じます。羨まし気でもあります。私は絵画については知りませんが、文学世界では、そうそうたる名の作家のなかにも、いくらでもいますものね!
つまり、どの世界にも、メダカとナマズがいるということで、メダカは、頼まれたってナマズになれないし、ナマズだって、メダカになれはしない。同じ水槽内で暮らしていたとしても、根本的に、完全に異種です。

私が靖国神社へお詣りするわけ

私は東京山の手生まれで、九段にある中学高校に通っていたから、靖国神社は身近な神社だった。いまは隣県に住んでいるが、神保町に行くと靖国神社の境内に足を伸ばす。
日本全国の神社は祭神を内奥に据えている。しかし靖国神社には、本来の日本の自然神はいない。1872年に人為的に作られた靖国神社は、今年143才になった。戊辰戦争と明治維新の戦死者を祭神として祀ったのが発端で、以後、西南戦争・台湾出兵・江華島事件・壬午事変・京城事変・日清戦争・義和団事件・日露戦争・第一次世界大戦・青山里戦闘・済南事件・霧社事件・中村大尉事件外・満州事変・日中戦争・第二次世界大戦。これらの戦争の戦死者であると政府が認定した軍人・軍属・準軍属などが祭神である。
敗戦後、今年で70年だから、143年間の、およそ半分、73年間の戦死者は2466584人。このうち最後の戦争の死者が2133915人。数を言い出したらきりがない。当社に関わりのない一般市民はもとより、外国各国の犠牲者は、軍人恩給どころか、なにもない状態で放り投げられる形で死んでゆき、いまもそのままである。
私はお詣りをしているが、一度も拝殿の階段を上がったことがない、一度もない。私は境内を彷徨うのみである。境内には桜の樹がある。たくさんある。この桜は、どこの部隊が植えたんだ、この桜は、と幹に括り付けられている札を読む。無位無名の兵士たちが、死に際まで生を共にした仲間の魂とともに居たい、その拠り所として植えられている桜の木である。私が靖国神社へお詣りに行くのは、ただこの桜ゆえである。
あんまりだ、と思う。私費で玉串料だ、個人としての参拝だ、英霊へ感謝だ、などとご託を並べて、在職期間の我が身のことのみを念頭に社殿へ向かう政治向きの人々は、桜の木々に目もくれない。
恋も知らず、まだ母の膝を慕うばかりの若人が魂となり、桜の樹に憑依し、鳥居をくぐってくる輩に、射すくめるまなざしを向けていることに気がつくまい。
私の提案は、はっきりしている。いま当社で働く百余名の神官らは、全員辞めて貰う。社殿は解体し、更地にする。ここに一基の碑を建てる。まわりは桜の公園にする。例大祭も諸々の行事は一切ない。ただ、通りかかった人たち、歴史に関心を持つ人たちに散策してもらい、碑の前で立ち止まって貰いたい。

信、三たび

実に面白い世の中になってきた。以前は、言った言わないで喧嘩したものだが、いまはこれができなくなった。目出度いことで大歓迎。おまけに映像つきで何度でも再生できる。知らぬ者のない有名映像は、あの号泣会見。しかも一度見ただけでは見逃した部分を、何度も再生するうちに発見することになった。そのために地方議会の本質が問われるきっかけを作ったのだった。
新国立競技場建設問題で、國際デザイン・コンクール審査委員長をつとめた建築家の安藤忠雄氏は、巨額の建設費が問題視されて白紙に戻ったとき、費用については関与しなかった、デザインのみの審査だったと発言したが、第三者委員会が、その経緯などを検証する際、審査時の記録が公表された。そのなかで審査にあたって、一部の委員はコスト面も踏まえて真摯に審査していたことがわかった。
私が悩むのは、この場合、安藤氏が恥ずべき嘘をついたのか、はたまた加齢現象による自己喪失的発言であるのか判断がつき兼ねる点にある。しかしのしかし。加齢現象というものは実年齢と連動するものではない。となると加齢現象か否かとみる視点は失礼だし無用と言えるのだ。公の場にでて活動し影響力を持つ以上、たとえ重病人であろうとなんだろうとハンデを与えるべきではない。ゴルフじゃあるまいし、ハンデを与えられたら侮辱ものだ。だったら公の場で活動することを止めるべきなのだ。止めるか続行かの判断を誤ったとすれば、その判断も含めての責任を自分が背負うのが当然だ。これは自分自身に跳ね返ってくる発言だから厳しいけれど言わなくては。

信、ふたたび

信は、人と言によって成り立つ。元来、言は神様に誓う語です。言葉を用いて生きる人間にとって、これほど重要なことはありません。これを崩したら人でなしです。誓うことと同じ重さを持っているのですから。誓うことで発言に鍵がかかり、発した方も受けた方も、これを信ずるのです。
あのように言ったが、あれは言い過ぎだったとか、あの時は、はずみで言ったんだ、とか私は口にしたことがありません。高校生のときに、偶々所在なく並んでいた両親に向かい、一度言ったことは何度でも言う、と宣言して以来、一貫しています。
しかし、このような姿勢は良し悪しです。私が本気で「私は、このように致します」と書いたり発言していることを受け取りながらも信ずることなく、結果として無視した態度であしらわれた場合、実に虚しいものを感じます。それが文筆に携わる者である場合は絶望感で圧死しそうになりますが、アメーバ的あいまいな言動で生きることこそ処世術と心得て、我こそ賢く生きているという自覚を持っている大半の人との付き合いでは、黙して堪えないと世間が狭くなります。
では大半の人々は、何に信を置くのでしょうか。不信の世界に生きているのでしょうか。それは我慢ならないし、できないでしょう。当然代替物があるわけで、それゆえに経済も発展するのではないでしょうか。
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