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壺猫

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Apr 2015

人相考

日記で人相のことを書いたので、人相について考えてみた。私は、ほとんどお化粧をしなくなった。部分的白髪になったけれど手を加えていない。40台の頃までは髪を緑色にして緑の黒髪だ、とふざけていたが、ああいうことは一生、うつつを抜かすほどのものではない。
それじゃあ、まったく「かまわない」のかというと、そんなことはなくて、真剣にお洒落になってきた。ただし「心のお化粧」というおしゃれ。
 心の中をきれいにすると、シワシワも、よれよれも、会って話すうちに見えなくなってゆく。そういう人に憧れている。なりたいと思う。
 以下の話は学者の受け売りだが、人相は心が作るのだそうだ。鏡を見ていい顔を作ってみても、自分の顔にはならないという。人の顔には多くの筋肉があり、そのほとんどが不随意筋で、自分が動かそうとして動くのは、せいぜい目、口、舌くらいだそうだ。じゃあ、不随意筋は、どうやって動いているかというと感情で動き、これが表情を作り出している。口には出さないけれど、年中思っている、思っていることは誰にも知られはしないが、思うたびに顔の不随意筋が収縮と弛緩を繰り返す。筋肉は使えば使うほど発達するから、その思いが人相として定着してゆくというのだ。おおらかな人は視線を遠くに放つから明るい表情が顔にくっつくし、身近かな誰彼と自分を引き比べて、自分の方が一寸ばかり優れていると自画自賛をして、相手を見下す気持ちになるタチの人は、せせこましい、好かれない人相になるものだ。これこそ自業自得というもので、顔を洗ったって、なんとかリンクルを塗りたくったって、どうにもならない。
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