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壺猫

9.11 狂牛病

 第10     20022

1) アメリカで起きた同時多発テロ 9.11
   当初は、興奮状態のうちに、恐怖・不安・怒り・悲しみが渦巻き、それは、怒りとともに、報復へと向かう。
   報復が始まると、罪なき者らへの被害に目が向き、報復批判となってゆく。
   やさしい正義。
   報復はやめよう、と、高らかに声をあげる人々は、理不尽にも殺されたひとたち、傷ついた人々への哀悼の心は、どのようにあらわすつもりなのだろう。
   あるいは、それはもう、過去のことなのか。
   惨憺たるテロの現場に、花束を立てかけ、ロウソクに火を灯したと?
   それで、よし、としたわけか?
   彼等を慰めるのは、これからなのだ、全然、済んでいはいないのだ。
   それをなおざりにして先へ進むが故に、屍衣で綴る永遠の鎖を手放せないのだ。
   報復は儀式としてでも遂行すべきだ、死者たちへ手向ける花輪として。
   敵対する者が手を取り合うのは、そのあとのことだ。

2) もうひとつの言いたいこと。

  狂牛病という、牛の病がイギリスでひろがり、その後、だいぶ年月を経た今年になって、日本で発生した。
  人間にもうつるという、脳味噌が海綿のようになる病。
  ヒツジの病であったが、病死したヒツジの肉を牛の飼料にしたが故に牛が罹病したといわれる。
  肉骨粉という言葉をはじめて聞き、何物かを知った。血液も粉にするという。
  もう大丈夫です。検査済みです。安全です。
  だから美味なる牛肉を買って食べましょう。
  豚・鶏には、たとえ肉骨粉を与えたとしても感染いたしません。
  だから、ソーセージもゼラチンも、なんでも大丈夫。
  大丈夫、を私は信じる。検査は万全。
  しかし、私は食べたくないし、買う気持ちになれないままだ。
  草を食むように生まれついた動物に、同輩の死体を粉にして食わせて太らせていたとは。
  産業廃棄物のリサイクルだという。
  邪道。
  この、おぞましい行いを知って、すっかり、気落ちしてしまったのだ。
  日本昔話に、餅の的という話がある。ご馳走の餅を的がわりにして矢を射て遊んだという話だ。
  すると餅は、白い鳥になって飛び去ったという。
  ちかごろ、食べる物を大切にする心が失われた。
  度を超した美食。大食い競争。
  狂牛病は、白い鳥かもしれない。
  昔話は最後をこう、しめくくる。
  そのことがあってからというもの、田畑は荒れはててしまいました。

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