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動き出した木の芽たち

春の嵐が去り、黒く乾いていた小枝が瑞々しく息づき始めた。紅梅白梅が真っ盛り、桜を待つ季節。折しも震度5+の地震が宇和島辺であり、ともだちを案じている。テレビをつけていて「ただいまx地方で地震がありました」とテロップが流れる、これが日常になってしまった。日常になったのは、異常だと思う。明るい花の季節なのに異常なことが多くて暗澹としている。はじめに「偽ベートーベン」が世間を騒がせた。こんどは研究者の論文である。しかも世界中の注目をあつめる話題の細胞研究だ。ネットには普段は目に触れない専門用語が飛び交い、専門的なコメントがひしめいている。
以前には、考古学者の旧石器捏造事件があり、千葉県佐倉の国立歴史民俗博物館では、展示場にパネルを出して、この事件の詳細をいまでも報じている。そこには無念さが滲み出ており、この事件によって我が国の考古学は50年後退したとも記しているのである。捏造・盗用・改ざんが研究の不正行為である、とはガイドラインなど作らなくても、誰しも承知していることだというのが常識だろう。神の手といわれた考古学者も、自分が何をしたかを承知していたはずだ。他人の論文をコピペしつつ、何を感じているのだろう。音楽の世界も研究の場も知らないが、私は小説、シナリオ、企画書では経験してきている。悔しいが盗まれた側であったので、日陰者にならずにいる。盗んだヤツが、自分で自分を褒めているのをみたこともある。それは哀れな光景だった。盗まれた作者は多い。盗まれた側は言う、私の作品は、盗みたくなるようなものなんだ、もっと新しいのを書くよ! 自分から発想が湧くタチの人は、勉強熱心だが他者の作品を我が身に取り込もうという欲望が起きない。盗用するタチの人とは人種が違う。ここで蒸し返したくなるのが山崎豊子さんだ。芹沢光治良の作品を一行二行ではない、ひとかたまり自作にはめ込んだ。このとき丹羽文雄さんが、ペンを折ってくれと新聞に書いたのを覚えている。山崎さんの作品は調査、取材をもとに作り上げる内容だから、コピペが身についていたのではないか。基本的に私は、このような手法で書く人たちは、小説家とは別建てにして貰いたいと思っている。発想に対する冒涜だ。
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