手縫いの心
2011-08-23-00:41-
小泉純一郎が現れて、抵抗勢力という言葉をおもちゃにした、あのころから報道の態度も変化した。国会の動向をワイドショウで扱うようになり、議員、あるいは元議員の一部はタレント化した。いままた、総理大臣の椅子に誰が座るのか、という日本にとって大切な問題を、大災害の危機的状況の中にあるにもかかわらず、ぶっつけ本番のリアルドラマ仕立て。出演者たちについての下馬評も、誰それはルックスがマイナスだとか、悪役面だから損しているとか、報道の姿勢の低劣さも底なし状態。TVショウを見ている人たちは、政治家の名前と顔を覚えただけで、中身をどれほど吟味しているのだろう。
しかし私は、去年は湯沢に住み、いま山梨の一村に暮らしてみて実感していることは、こんな御託を並べる私など、ゴマメの尻尾にも当たらないということだ。政治家も、そして村の人たちも、はるかに私の先を行っている。私の手の届かないはるか遠くにいるのだし、全然ちがう物差しを使って世の中を測り、実生活に使っている。累代の土地に密着した、こうした感覚は、いわゆる東京周辺のベッドタウン生活からは、想像し得ないものがある。
思いあぐねつつ、私はお裁縫をした。タンスの底からみつけた布地でワンピースを縫った。針1本で、型紙なし。さっそく野菜買いに着ていったら、同年輩の人から、いいねえ、と声をかけられた。いいかしら。とたちまち浮かれる私。いいよ。後ろ見せて。ゴム入れたの、と私。ちょっと、おいでよ。この人、これ縫ったって。あっというまに何人か集まった。やっぱ、手縫いがいい、そうだよ、手縫いのって、疲れないんだよ。肩こらない。次第に健康の話になって、土地の人たちと、やんやと盛り上がった。こういうときの心は、ぴったりひとつなのだ。
しかし私は、去年は湯沢に住み、いま山梨の一村に暮らしてみて実感していることは、こんな御託を並べる私など、ゴマメの尻尾にも当たらないということだ。政治家も、そして村の人たちも、はるかに私の先を行っている。私の手の届かないはるか遠くにいるのだし、全然ちがう物差しを使って世の中を測り、実生活に使っている。累代の土地に密着した、こうした感覚は、いわゆる東京周辺のベッドタウン生活からは、想像し得ないものがある。
思いあぐねつつ、私はお裁縫をした。タンスの底からみつけた布地でワンピースを縫った。針1本で、型紙なし。さっそく野菜買いに着ていったら、同年輩の人から、いいねえ、と声をかけられた。いいかしら。とたちまち浮かれる私。いいよ。後ろ見せて。ゴム入れたの、と私。ちょっと、おいでよ。この人、これ縫ったって。あっというまに何人か集まった。やっぱ、手縫いがいい、そうだよ、手縫いのって、疲れないんだよ。肩こらない。次第に健康の話になって、土地の人たちと、やんやと盛り上がった。こういうときの心は、ぴったりひとつなのだ。
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