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3.113年の月日

忘れないようにしよう、語り継ごう、という声もあるが、私は毎日頭から離れたことがない。この大地震が、どれほど大きなものであったとしても、地震津波だけであったならば、私は日本の人たちの力を信じ切って、単純な応援の心でいられるだろう、しかし。フクシマ原発の崩壊は、これから先が深い災いを拡散し続けるのだ。
私は節水のために雨樋の水を農業用水槽に受けて使っている。この雨水の水槽の底に、土埃やゴミ、枯れ葉などが沈む。3.11からこっち、深さ数センチ以上の、みたこともない感じの澱が溜まるようになった。真っ黒い、モクモクと湧き出るような感じの澱だ。その黒さは、見たことのないような、隙のない黒さで、形状は、たとえたくても、似たものが見つからない。土埃のように単純に平らに沈むのではなく、かといって浮いて散ることもない、かき回すと水槽全体に黒い塵が散るが、たちまち底のほうに崩した豆腐のように集まってゆく。重さがある。去年の秋の大きな台風を境に、この不穏な黒雲は大分減って、最近は、水槽の底の色が見えるようになった。小さな家の、小さな屋根の、3年にわたり続いてきた雨水異変。
今日は、三年目の3.11 。折しもペンクラブの会報が届いた。ペンの人たちも、あれ以来、これ一色だ。文学者の力は遅効性のものだから、漢方薬のようなものだから、倦まずたゆまず発言し続けるところに道があると思う。
総理大臣の挨拶を聞いた。いきなりの言葉は、私が総理になって2年目のことでした、であった。あとは、アレをする、コレをするであった。人間、今がこのとき、という大事なときがある。この日の総理大臣としての公の言葉は、きわめて大切なものだ。ここ一番、という時だろう。自分自身で書いたにせよ、ゴーストが書いたにせよ、一国の総理大臣の言葉として公にとどめる言葉である。人格、精神力、胆力、哲学、人間そのものが問われる。世界中の耳が振動するような、ここ一発の言葉を発する機会であり、それが必要とされていた。失望した。絶望と言った方がよい。豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ。 
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