父と子
2012-01-12-22:27-
湖畔を歩いていたら、元旦には通り抜けられたサイクリングロード工事の場所が、通行禁止になっていた。工事が始まったらしい。まだ湖との境のフェンスがないから不用意に歩くことは危険なのだ。丁寧に「危険 通行止」と記された黄色いテープが幾重にも張られていた。そこへ父親が3人の子を連れて歩いてきた。お兄ちゃんは小学4、5年生か。妹らしき女の子は2、3年生。Uターンしてくるしかないのだが、見れば分かるから、私はだまってすれ違った。ところが、この父親は、テープを広げて隙間を作り、子どもたちをくぐらせて通り抜けて行った。しばらく進めば、順調なサイクリングロードが続いているのである。
親がついているのだから危険なことはないだろう。冷たい湖に落ちる事はなかろう。でも、これをしちゃあ、だめなんだよね、と私は残念に思った。幼い時期は基礎を作る時期。よいこと、悪い事、躾をする時期。ごく基本を叩き込んでおく必要があると私は思っている。しっかり躾をされていれば、長じて道を踏み外したとしても、復元力があるものだ。柔らかい時期に、決められた約束、ルールでも、欲望に応じて破ってよいのだ、と体にしみ込んでいると、復元は存在せず、これが守るべき事だ、これはしてはいけない、などと矯正するしかなくなる。
この父親は、せっかくの親子の時間をつかって、なんとも情けない下地つくりをしたものだ。屑親である。
親がついているのだから危険なことはないだろう。冷たい湖に落ちる事はなかろう。でも、これをしちゃあ、だめなんだよね、と私は残念に思った。幼い時期は基礎を作る時期。よいこと、悪い事、躾をする時期。ごく基本を叩き込んでおく必要があると私は思っている。しっかり躾をされていれば、長じて道を踏み外したとしても、復元力があるものだ。柔らかい時期に、決められた約束、ルールでも、欲望に応じて破ってよいのだ、と体にしみ込んでいると、復元は存在せず、これが守るべき事だ、これはしてはいけない、などと矯正するしかなくなる。
この父親は、せっかくの親子の時間をつかって、なんとも情けない下地つくりをしたものだ。屑親である。
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